(株)トミーウォーカーのウェブゲーム『シルバーレイン』をはじめとする、プライベートSS置き場。
§ 蜘蛛と童 §
ちよの身振り手振りを交えた話によれば、生活に使う木を幾許か得る為に山に父親とやってきたが、その途中ではぐれてしまったという事情のようであるらしかった。
森から殆ど外に出ることもない蜘蛛童であったが、森の周囲にある人里であれば、匂いなどを頼りに探し出すことは難しくはない。
ひとしきり話し終えたちよの腹が、徐にぐうと鳴った。
腹部を押さえるちよの姿に、住処とする穴倉から這い出た蜘蛛童は、ややあって木の実のようなものを咥えて戻ってきた。
差し出されたそれを、ちよは口にするが、堅く渋いその実では、子供の口に合わず、とてもそのままでは食に耐えられるものではない。
「だいじょうぶよ、くもさん。おなかすくのは、なれてるの」
蜘蛛童の厚意を無にすまいと、健気に微笑んでみせるちよ。
実りの少ないこの森では、人間が生きていく糧を得るのは困難を極める。
やはり、長くは置いておけない。
蜘蛛童は、ちよが眠りについた事を確認すると、その夜のうちに村を探しに久方ぶりの月下に黒き躰を鈍く光らせた。
蜘蛛童の足で、半刻の距離に、その村は見つかった。
陽が中天にさしかかった頃、蜘蛛童はちよを伴って彼女の集落近くの丘に現われた。
下界を見下ろせば、寂れた集落が臨める。
痩せた土地にいくばくかの作物を作り、点在する家屋は、「家」というよりはあばら屋とでも称するのが正しい趣である。
強い風でも吹けば、容易に倒壊してしまいそうな、木と藁で覆われた棲家と大地の狭間で、何人かの人間が力なく働いているのが見て取れる。
蜘蛛童は、背に乗せた幼子にちらりと視線をやる。
「うん、ここがわたいのむらだよ!」
ちよは、生まれ育った村を前に、興奮気味に頬を紅潮させる。
蜘蛛童は、幼子を振り落とさぬように、器用にその八本の足で斜面を下り始めた。
「ありがとうね、くもさん!くもさんのおかげね!」
自分を乗せる背を撫でてやりながら、にこにことちよはケレンなく笑う。
「とーちゃん、かーちゃん、げんきにしてるかな?
ちよ、かえったら、いっぱいおてつだいするんだ!」
蜘蛛童は、村人の目に触れぬよう茂みに姿を潜め、ちよだけを村に向かわせた。
すぐに帰らなかったのは、ちよが間違いなく両親と会えるのを見届けてからでも遅くはないと考えたからである。
奇妙な人間の子供。
異形を畏れることがないのは、その恐ろしさを知らぬ無知故だろうが、あの溟い森が
全てであった蜘蛛童にとって、興味深い対象に違いなかった。
だが、人間と蜘蛛は相容れぬもの。
ひとは、ひとのせかいにもどるのがよい。
それはまごうことなき、事実であると、蜘蛛童は知っていたから。
「とうちゃーーん!」
父の姿を見つけたか、まろぶように走っていくちよ。
父親と思しき人物もまた、声に気づいて作業の手を止め、顔を上げ……
しかしその表情は、行方不明であった我が子を迎い入れる親のそれでは、なかった。
「……なんで戻ったがよ」
決して大きくはないが、その冷たい響きにちよの足は止まる。
「と、う、ちゃ」
「ここにおまんのおるくはない」
たたきつけられた言葉の意味がわからず、ちよは大きな瞳を見開いて立ち尽くす。
「おまんがおると、食い扶持が増えるだけやき。
それやき置き去りにしたがやに……どうやって帰ってきたがか…!」
ちよと、取り巻く周囲の様子が尋常でないことは、一見して蜘蛛童も察した。
子は、生まれや個体差はあれど、庇護する存在の元では成長するまで大切に
育まれるもの。
土蜘蛛とて、そうしたコミュニティを形成する。
本能としてそれを知る蜘蛛童であるから、まだ幼い個体である少女は、親元に帰るのは当然と思われた。
しかし、あの様子は違う。
子を忌み、追い払おうとする不穏な気配に、蜘蛛童は徐に潜んでいた茂みから這い出した。
「ちよは、いちゃいけないの…?」
「そう言うろうが!はよういね!」
地を蹴った足が泥を跳ね上げ、ちよに飛礫と降りかかる。
ぎいいぃっ!!
咄嗟にちよと父親の前に滑り込んだ蜘蛛童が、鋭い威嚇の声を上げる。
突然に現われた人外の生物を前に、ちよの父親や周囲の村人が悲鳴を上げ、後ずさった。
「や、やっぱり化け物に憑かれとったか!」
「ちがう、ちがうよとうちゃん!このこは…」
「あなた!」
あばら屋の一つから飛び出し、ちよの父親と並んだ女性は、言わずもがな、ちよの母親であろう。
彼女もまた、蜘蛛童とちよを見るや、恐怖と嫌悪の色濃い眼差しを向けるのだった。
「こんなものまでつれてきて……今まで育ててやった恩も忘れたのかいっ
何て子だろう!」
「出て行け!」
「化け物め!」
恐慌状態に陥った村人らは、鍬や鋤を振り回し、棒切れや石を投げにかかる。
蜘蛛童にとっては、何らダメージになるものでもないが、この明確な敵対行為に本能が戦闘態勢を取らせ、背中に真紅の紋様を浮かび上がらせた。
最早、目の前の生き物どもが、ちよの両親であろうと関係はない。
きりきりと攻撃音を響かせる蜘蛛童。
数を頼みにいきり立つ村人らが、殺せ、殺せと口々に呪詛を吐く。
その前に、立ち塞がったのは、ちよ。
「やめて!みんなやめて!このこはわるくないもん!ちよをたすけてくれたのよ!
ひどいことしないでぇっ」
喉が張り裂けんばかりのちよの抗議は、しかしながら激昂した村人には逆効果であった。
やはり化け物憑きだ、村に災いを持ち込むなと、口々にちよを罵り。
飛来した飛礫がちよの目を打ち、片手を潰した。
悲鳴を上げて倒れこんだちよの姿に、戦気を収めた蜘蛛童は、ちよを咥えて背に放り上げると、再び森を目指す。
嗚呼、陽の当たる場所に、幸せがあるわけではないのだ。
ちよには太陽がよく似合うのに、どうしてそこで過すことができないのだろう?
蜘蛛童は不思議で仕方がなかった。
村から十分に離れ、追っ手がかからぬのを確かめてから、蜘蛛童は歩みを止めた。
背中の上のちよからは、血の匂いが絶えぬ。
きぃ、と小さく鳴いて、様子を窺う。
「ごめんね…ごめんねくもさん……ちよのせいで…こわかったね、ごめんなさい」
傷つけられた身体は、どんなにか痛むだろう。
信じていたものに否定され、裏切られたこころは、それ以上に辛いであろう。
けれども、ちよはただ、蜘蛛童の背を撫で、泣きながら詫びた。
ちよは。
口減らしの為に、捨てられたのだ。
もう、この子に帰る家はなく、たった一人で生きてゆかねばならない
――これ以上の生を望むならば。
蜘蛛童は、思う。
ちよが共に生きるのなら、自分ができることをしよう。
人が食べられるものは、人がする事を見ていれば察しはつくし、妖獣からもきっと護ってやれるだろう。
ちよは、我と、一緒にいればよい。
そうすれば、だいじょうぶ。
いつか、ちよを受け入れてくれる同じ人間が現われるまで……
ちよの身振り手振りを交えた話によれば、生活に使う木を幾許か得る為に山に父親とやってきたが、その途中ではぐれてしまったという事情のようであるらしかった。
森から殆ど外に出ることもない蜘蛛童であったが、森の周囲にある人里であれば、匂いなどを頼りに探し出すことは難しくはない。
ひとしきり話し終えたちよの腹が、徐にぐうと鳴った。
腹部を押さえるちよの姿に、住処とする穴倉から這い出た蜘蛛童は、ややあって木の実のようなものを咥えて戻ってきた。
差し出されたそれを、ちよは口にするが、堅く渋いその実では、子供の口に合わず、とてもそのままでは食に耐えられるものではない。
「だいじょうぶよ、くもさん。おなかすくのは、なれてるの」
蜘蛛童の厚意を無にすまいと、健気に微笑んでみせるちよ。
実りの少ないこの森では、人間が生きていく糧を得るのは困難を極める。
やはり、長くは置いておけない。
蜘蛛童は、ちよが眠りについた事を確認すると、その夜のうちに村を探しに久方ぶりの月下に黒き躰を鈍く光らせた。
蜘蛛童の足で、半刻の距離に、その村は見つかった。
陽が中天にさしかかった頃、蜘蛛童はちよを伴って彼女の集落近くの丘に現われた。
下界を見下ろせば、寂れた集落が臨める。
痩せた土地にいくばくかの作物を作り、点在する家屋は、「家」というよりはあばら屋とでも称するのが正しい趣である。
強い風でも吹けば、容易に倒壊してしまいそうな、木と藁で覆われた棲家と大地の狭間で、何人かの人間が力なく働いているのが見て取れる。
蜘蛛童は、背に乗せた幼子にちらりと視線をやる。
「うん、ここがわたいのむらだよ!」
ちよは、生まれ育った村を前に、興奮気味に頬を紅潮させる。
蜘蛛童は、幼子を振り落とさぬように、器用にその八本の足で斜面を下り始めた。
「ありがとうね、くもさん!くもさんのおかげね!」
自分を乗せる背を撫でてやりながら、にこにことちよはケレンなく笑う。
「とーちゃん、かーちゃん、げんきにしてるかな?
ちよ、かえったら、いっぱいおてつだいするんだ!」
蜘蛛童は、村人の目に触れぬよう茂みに姿を潜め、ちよだけを村に向かわせた。
すぐに帰らなかったのは、ちよが間違いなく両親と会えるのを見届けてからでも遅くはないと考えたからである。
奇妙な人間の子供。
異形を畏れることがないのは、その恐ろしさを知らぬ無知故だろうが、あの溟い森が
全てであった蜘蛛童にとって、興味深い対象に違いなかった。
だが、人間と蜘蛛は相容れぬもの。
ひとは、ひとのせかいにもどるのがよい。
それはまごうことなき、事実であると、蜘蛛童は知っていたから。
「とうちゃーーん!」
父の姿を見つけたか、まろぶように走っていくちよ。
父親と思しき人物もまた、声に気づいて作業の手を止め、顔を上げ……
しかしその表情は、行方不明であった我が子を迎い入れる親のそれでは、なかった。
「……なんで戻ったがよ」
決して大きくはないが、その冷たい響きにちよの足は止まる。
「と、う、ちゃ」
「ここにおまんのおるくはない」
たたきつけられた言葉の意味がわからず、ちよは大きな瞳を見開いて立ち尽くす。
「おまんがおると、食い扶持が増えるだけやき。
それやき置き去りにしたがやに……どうやって帰ってきたがか…!」
ちよと、取り巻く周囲の様子が尋常でないことは、一見して蜘蛛童も察した。
子は、生まれや個体差はあれど、庇護する存在の元では成長するまで大切に
育まれるもの。
土蜘蛛とて、そうしたコミュニティを形成する。
本能としてそれを知る蜘蛛童であるから、まだ幼い個体である少女は、親元に帰るのは当然と思われた。
しかし、あの様子は違う。
子を忌み、追い払おうとする不穏な気配に、蜘蛛童は徐に潜んでいた茂みから這い出した。
「ちよは、いちゃいけないの…?」
「そう言うろうが!はよういね!」
地を蹴った足が泥を跳ね上げ、ちよに飛礫と降りかかる。
ぎいいぃっ!!
咄嗟にちよと父親の前に滑り込んだ蜘蛛童が、鋭い威嚇の声を上げる。
突然に現われた人外の生物を前に、ちよの父親や周囲の村人が悲鳴を上げ、後ずさった。
「や、やっぱり化け物に憑かれとったか!」
「ちがう、ちがうよとうちゃん!このこは…」
「あなた!」
あばら屋の一つから飛び出し、ちよの父親と並んだ女性は、言わずもがな、ちよの母親であろう。
彼女もまた、蜘蛛童とちよを見るや、恐怖と嫌悪の色濃い眼差しを向けるのだった。
「こんなものまでつれてきて……今まで育ててやった恩も忘れたのかいっ
何て子だろう!」
「出て行け!」
「化け物め!」
恐慌状態に陥った村人らは、鍬や鋤を振り回し、棒切れや石を投げにかかる。
蜘蛛童にとっては、何らダメージになるものでもないが、この明確な敵対行為に本能が戦闘態勢を取らせ、背中に真紅の紋様を浮かび上がらせた。
最早、目の前の生き物どもが、ちよの両親であろうと関係はない。
きりきりと攻撃音を響かせる蜘蛛童。
数を頼みにいきり立つ村人らが、殺せ、殺せと口々に呪詛を吐く。
その前に、立ち塞がったのは、ちよ。
「やめて!みんなやめて!このこはわるくないもん!ちよをたすけてくれたのよ!
ひどいことしないでぇっ」
喉が張り裂けんばかりのちよの抗議は、しかしながら激昂した村人には逆効果であった。
やはり化け物憑きだ、村に災いを持ち込むなと、口々にちよを罵り。
飛来した飛礫がちよの目を打ち、片手を潰した。
悲鳴を上げて倒れこんだちよの姿に、戦気を収めた蜘蛛童は、ちよを咥えて背に放り上げると、再び森を目指す。
嗚呼、陽の当たる場所に、幸せがあるわけではないのだ。
ちよには太陽がよく似合うのに、どうしてそこで過すことができないのだろう?
蜘蛛童は不思議で仕方がなかった。
村から十分に離れ、追っ手がかからぬのを確かめてから、蜘蛛童は歩みを止めた。
背中の上のちよからは、血の匂いが絶えぬ。
きぃ、と小さく鳴いて、様子を窺う。
「ごめんね…ごめんねくもさん……ちよのせいで…こわかったね、ごめんなさい」
傷つけられた身体は、どんなにか痛むだろう。
信じていたものに否定され、裏切られたこころは、それ以上に辛いであろう。
けれども、ちよはただ、蜘蛛童の背を撫で、泣きながら詫びた。
ちよは。
口減らしの為に、捨てられたのだ。
もう、この子に帰る家はなく、たった一人で生きてゆかねばならない
――これ以上の生を望むならば。
蜘蛛童は、思う。
ちよが共に生きるのなら、自分ができることをしよう。
人が食べられるものは、人がする事を見ていれば察しはつくし、妖獣からもきっと護ってやれるだろう。
ちよは、我と、一緒にいればよい。
そうすれば、だいじょうぶ。
いつか、ちよを受け入れてくれる同じ人間が現われるまで……
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