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(株)トミーウォーカーのウェブゲーム『シルバーレイン』をはじめとする、プライベートSS置き場。
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      § 旅路の果て §

黒い森では、ちよが生きてゆけぬ。
故に、蜘蛛童はちよと共に山々を渡り歩き、あても無く流離う道を選んだ。
それでも十分な栄養をちよに与えることは難しかったろうし、人目を避けて悪路を往く道行や、野宿は幼い子には心身共に負担であったろう。
けれど、山野を染める紅景色や、清流に泳ぐ魚たち、色鮮やかに咲く野の華を見ては、屈託無く笑うちよ。

彼女を見つめているのは、いつしか蜘蛛童にとっても安らぎになっていた。

銀色の月が、きらきらと地上を照らす夜。
いつものように風雨を避けて潜り込んだ茂みの中、傍らにてすやすやと寝息をたてていた筈のちよが、不意に魘されたようにもがり、蜘蛛童は頭を回らせた。
「……とうちゃ………かあ、ちゃ」
小さな、ほんの小さなうわごと。
ほろりと、零れる雫。
唾棄し、自らを追い出した者であっても、ちよにとって両親は恋う存在に違いないのだ。
所詮異形である己は、束の間の慰めでしかない…
人のそれとは明らかに異なる、蜘蛛の無骨な八肢。
鋭い爪さえ具え、今魘されるちよを安らかな夢へと誘うべく、撫でてやることもできない。
背に深紅の紋を背負う程に成長した蜘蛛童は、いつしか土蜘蛛として人の身を得ることができるという。
そうなれたなら、ちよを引き取ってくれる人間を探して、人里に下りるのもよいかもしれない。
そうなれたなら、ちよはきっと、太陽の下で暮らせる筈だから――


異形は異形を引き合わせる故か、人里を離れた場所を選んで旅する故か、二人の行く手には度々妖獣の類が現われ。
その度に蜘蛛童は、ちよを護り、戦った。
己一匹の身であれば、傷も何も気にする必要はなかったが、自分が戦いの中で地に伏す事あれば、それ即ち、ちよが庇護を失い…再び独りになってしまう事であるから。
こんな戦いを、蜘蛛童は知らなかった。
それでも、それが使命であるというように、迎え撃つ敵を屠り続けた。
ただ、直向に。

季節が、山に紅を齎す頃。
蜘蛛童は、己が身に異変を感じ取っていた。
酷く、身体が重い。
それと共に、抗いがたい程の眠気のようなものが、頭を鈍くする。
今日何度目か、うずくまってしまった蜘蛛童に、ちよは心配そうに寄り添う。
「くもさん…だいじょうぶ?おなかがいたいの?」
蜘蛛童の背をさする、痩せた手の感触。
きゅう、と小さく鳴いて、蜘蛛童は再び八肢に力を込める。
…しかし、最早自らの身体を支えることもままならぬ。
「……まっててね、ちよ、たべるものとってくる!
 たくさんたべて、ゆっくりやすめば、きっとよくなるよ!」
蜘蛛童が止める暇もあらばこそ、ちよは駆け出した。
急速に閉ざされていく意識の中で、ちよの細い後姿が遠ざかっていく。

―――ちよ。

伸ばした腕の違和感に、蜘蛛童は目を見開いた。
さらさらと、天から白く冷たい欠片が降り注いでくる。
冷たき真白は、蜘蛛童の頬に舞い落ち…その体温に触れて解け消えた。
空へ延べた己の、八肢であったものは、いつしか褐色の、人間のそれと違わぬものとなっており。
蜘蛛童であったものは、不可思議な感覚に黄金の目を瞬いた。
起き上がろうと力を込めれば、ぎしぎしと身体が軋む。
意識を失っていたのは、どれくらいの間であったろう。
紅葉を身に纏わんとしていた木々は、既にその衣を落とし、寒々しい姿を曝していた。
ゆるり、蜘蛛童は自分の手に視線を落とす。
(……ひと、と、おなじ…)
確かめるように、指を握ったり、開いたりする。
唐突に理解する。あの身体の不調は、この前触れであったのだと。――時を迎え、
我が身は土蜘蛛の一属と化したのだと。
同時に、大切な記憶も呼び覚まされる。
己が眠っている間、ちよはどうしていたか。
俄かに焦燥し、見渡すも少女の姿はない。
(……ちよ…!)
人の姿を得ても二足歩行に慣れぬ少年は、ぎこちない動きで立ち上がり、時にまろび、時に四つ這いで、辺りに少女の姿を求める。


………。
…………。

幻聴であったかもしれぬ。
或いはただの、風の音であったかもしれぬ。

だが、少女の声を聞いたような気がして、蜘蛛童、否、土蜘蛛の少年はひとつの洞穴に辿り着いた。

すっかり変わってしまった姿を見て、ちよは自分が蜘蛛童であったものとはわからないかもしれない。
顔を合わせた時、何と言おう?
人間になれたのだから…そうだ、これで人里に降り、ちよをひとの生活に戻してやれる。
飢えも、寂しさもない、あたたかな陽だまりの中で。


僅か数歩で奥まで辿り着く、暗く小さな洞。
一歩を踏み出した土蜘蛛の少年の前に、頬を染めた小さな少女が走り出て、声を弾ませて微笑んだ。あの、いつもの太陽のような笑顔で。
(くもさん!げんきになったのね!もう、だいじょうぶね!)
「―――」
少女に延べた手は、だがしかし虚しく空を掴んだ。
そこには、何も、   誰もいない。

否。

岩壁を背に、膝を立てて座るは、小さな白骨
その横に、もう枯葉となってしまった大ぶりの葉があり、水気を失い干からびた果実が数個、まるで大事に奉るように乗せられて



しろい、ましろいその骸に、土蜘蛛の少年は指でそっと慈しむように触れた

幻のように重なる、面影

ちよ。


黄金色の双眸から、零れた最初のひとしずく
それからはもう、堰を切って、褐色の頬を伝う雫は地を濡らす
胸を締め付ける苦しさの意味も、とめどなく溢るる…それが涙という名であることも知らず、少年はただ、少女の骸を前に、声も無く哭き続けた。
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