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(株)トミーウォーカーのウェブゲーム『シルバーレイン』をはじめとする、プライベートSS置き場。
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             § やくそく §

―――星辰は巡る。

その山野に、化生が現われると、人の噂に上る。

人跡未踏の大地に、豊富な木々と鉱脈があることを知った者の一団が、開拓の為その地を訪れるや、彼らはほうほうの態で逃げ帰ってきた。
曰く、異形の腕を持つ鬼に襲われた、と。
腕に覚えのある者が、度々に退治を試みるも、彼らもまた返り討ちに遭うのみ。
そこに資源の宝がありつつも、悪辣な鬼の領土であるばかりに、人々は手を拱くしかない。
人に徒為す化生滅すべしと願いを受け、希代の退魔士と呼ばれし男がその地を踏んだのは、如何な星の定めであったか。

荒い呼吸の狭間に、ぱたぱたと地に滴るは深紅の花弁。
最早抗うだけの力はとうに尽きたと見え、鎧武者の如き異形の腕もまた、威力を失い残骸の如き有様。
しかし、その瞳は、月輪の光を湛える黄金の眼差しは、翳ひとつなく、こちらを睨めつけてくるのだ。
例え生殺与奪を握られようと、退かぬ、媚びぬと、強く、強く。
数ある妖を、人の世の安寧の為と調伏してきた彼であったが、ついぞこのような眼を見たことがなかった。
だからだろうか、ふと興味にかられて問いかけたのだ。
「君、どうしてここに拘るのかな?」
「…………」
答える義理はないとばかりに、人外の若者は口を硬く閉ざしたまま。
「“視せて”くれないか。…君の大義」
満身創痍の妖を前に、予想していた応えと、鉄扇をひらり、舞わせた神主服の男。
「――様、化生の前で、危険です…!」
供の術士が鋭い声音で窘めるのも構わず、小さく呪を唱え、印を結ぶ。
余裕を見せたその態度に舌打ちし、土蜘蛛の青年は口腔に溜まった血の塊を唾棄し、霞む視界を気力で正す。
退魔士の男は、暫し瞑目していたが、ややあって静かに瞼を上げた。
その神秘なる力は、過去・現在・未来を見通すとも言われた、高名な術者である。
術を以って、彼は確かに「視た」のであろう。
「――うん……」
何かに納得したように、独りごちたあと。
「わかった。そゆ事ならいいや。……村の連中には、私が適当に説明しとくから。
 山下りる準備して、天碍」
「はあっ?!」
まだ標的を調伏しきってもいないというのに、すっかり帰り支度を始めている師に、従者が素っ頓狂な声を上げたのも無理はない。
「わかりません!まったくもって意味わかりません!説明してくださいぃっ!!」
ヒステリックな喚きに、面倒くさそうに顔を顰めた神主服の男は、従者ではなく、土蜘蛛の若者に視線を向けた。
若者を調伏しようとした時の、物理的圧力すら伴うのではと思われるほどの威圧感はそこになく、穏やかな黒の瞳は慈愛すら滲ませる。
「――護っているのだね。“彼女”の菩提を。
 だから、山を切り開き、安らかな眠りを侵す人間を追い払っていた…。
 …挫けぬ意志には、理由がある。
 それを知らずに、君を傷つけたことは大変申し訳なく思う。すまなかった」
詫びる退魔士を、土蜘蛛の若者は苛烈な眼差しで撥ねつけてみせる。
「貴様に憐れまれる筋合いはない。
 滅する気があるならば、今ここで決めろ。そうでなければ、いつか貴様を殺す」
立場を弁えぬ傲慢とも思える口上だが、退魔士はそれすらも好ましいとでも言うように、向けられる殺意を柳の如く受け流し、微笑んだ。
「この土地は君のものではない。けれども、後からやってきたのは我々の方だ。
 武者押しで墓荒らしなど、後世に笑われたくないからね。
 私に君を調伏する気は、もう無いよ」
ふ、と伏せられる眼。
「とはいえ、このまま何もせずに帰ったのでは、私もけじめがつかぬ。
 ……君には、少し眠ってもらうとしようか」
退魔士の男の最後の言葉は、土蜘蛛の背後から囁かれたもの。
縮地の如き技。
身を強張らせた次の瞬間、急速に意識を闇に曳かれる感覚。
「く……!」
唇を血が流れるほどに噛み、どうにか堪えようとするが、膝は地につき、身体はどう、と地に倒れ伏す。
「君の護りたかったものは、誰にも傷つけさせないよ。
 ――誇り高き土蜘蛛よ、新たな世で君の幸せを掴みなさい……
 彼女が最後に、そう願ったように」
黄金色の瞳が、見開かれる。
退魔士の言葉を、安い慰めの為の嘘であると切り捨てることは容易だった。
しかし、そうできなかったのは…知らず、救いを求める甘やかな幻想故だっただろうか。
「―――ち、よ……」
彼女を喪って、幾星霜―――零れた、万感の想いを秘めたその名に、退魔士は切なげに眉を顰めた。

深き眠りについた土蜘蛛の側に片膝をつき、退魔士は静かに告げる。
「君に、名前をあげよう。
 君もまた、強い願いを受けて、その名を呼ばれるように。」

この大地、鞆総(ともふさ)の名と。
我が唯一の剣を創りたる者の銘を、君に。


男の穏やかな声音が、遠くなる意識の中に響き
目覚める約束の刻を、示した。
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        § いくとせの、ゆきげしき §


さらさらと、白い欠片が天から地へと降り注ぐ。
それらは街の至る所に降り積もり、世界を白に染め上げていく。
街の様相は随分と変わり、鉄の塊が往来したり、見慣れぬ衣装をまとった人間が右往左往する。
建物は硬い石で作られ、人工の光が辺りを照らす。
(変わらぬのは、この灰色の空だけか……)
吐いた息が、風に流され白い跡を残す。
襟元から、ふと白い子犬が顔を覗かせ、外気の寒さにやはり堪えられぬというように、再び青年の胸元に潜り込んでしまった。
フェイクファーをあしらった上着を着ていても、その身なりはこの季節には如何にも寒そうで。
ぶる、と青年は身を震わせ、近くの店の路地に身を置いた。
ここならば、少しばかり寒風を凌げる。
どうせ、目覚めたとて当てのない命。
招かれた銀誓館学園という場所に宛がわれた住処も、やはり落ち着くことはできず。
降り続く雪を、ぼんやりと眺める黄金色は、いつしかとろとろとまどろみの中に沈んでいった。

春の訪れを待たずに、枯れてしまった…その幼い命。
昨日の事の様にはっきりと、思い出せる。太陽のような笑顔。鈴のような声音。
喪ったあの日と同じ…この雪の中ならば、幻でも良い、……お前に…


「――大丈夫ですか?こんな所で眠っては、お身体に障りますよ」
柔らかな女性の声で、眠りから引き戻される。
振り仰ぐと、艶やかな黒髪を高く結い上げた、淑やかな娘の困惑を秘めた微笑が目に入った。
ゆっくりと瞬きを繰り返す、その黄金色の瞳が覚醒したのを確かめながら、娘は白魚のような繊手で青年の肩や頭に降り積もった雪を、そっと払ってやる。
「……すまぬ…いや、すみま、せん」
わざわざ丁寧語に言い直す、その不器用な口調に、娘はくすりと笑みを零した。
娘に感じる、微妙な親和感に、青年は少し考え込み、やがて気付いた。
彼女も、「同族」であること。
自分と比べ、この時代、この街に溶け込んだ風情の娘は、青年に軽く会釈をして立ち去ってゆく。

ちよも、大きくなったら…あのような可憐な娘に育っていただろうか。
遠ざかっていく、たおやかなシルエットを見送りながら、土蜘蛛の青年は思う。
胸元の仔犬が、いつの間にか顔を出して、自分を見上げていた。
拾った時と同じ、真っ直ぐな翡翠の眼差しで。
微かに、吐息のような微笑を漏らし、その白い毛並みをくしゃくしゃと撫で回してやれば、
ちょっと迷惑そうに鼻を鳴らす。

路地裏の空を振り仰げば、相変わらず雪は止む気配も無く。
ついと翳した無骨な手で、雪のひとひらを掴む。
握った手を開けば、それは瞬く間にただの水滴と化して。

新しいこの世界で、幸せになれと、言われた。
けれど、まるでこの雪を掴むような話だ。握りしめたと思えば、解け消える。
……そも、幸せ とは何なのだろう。自分にとって、何が幸せだと言うのか。
(わからない)
(わからないけれど、でも)
(それを探す為に、生きるのも きっと)
悪くは無い。
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